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茜色の空

英語クラブの特別会合が開催された。

地域毎に所属クラブをまとめた集合体が日本全国にあり、関東・東北地方のクラブ(カウンスル No.8)が私達の所属クラブ。年に2回会合が持たれる。(日本語クラブと英語クラブがある)場所と主催クラブは、その都度変わっていくが、今回は私達のクラブが主催者となり、我が市で行われた。その準備が結構大変で、会場を選び、事前に各自の担当を決め、話し合いを重ねた。会は順調に進んで、無事終了。
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朝10時から5時まで、各地から色々なクラブの人たちが集まって(102名参加)、日本語と英語のスピーチコンテストが行われた。日本語部門は8名、英語部門は3名(4名だが、一人欠席の為)のスピーカーが華麗な話術を競った。英語部門の1位は・・・・・我がクラブの人!!  私達はとても嬉しくなり、準備で苦労した大変さも吹っ飛んでしまった。今日の各優勝者は、次は日本全国の会合が6月に奈良で開催されるのでそこで日本一を競う。その優勝者は、次に世界大会へ。我がクラブの人が、世界大会へ行けますように・・・・・。

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by rapole | 2017-04-22 21:42 | English | Comments(0)

日本国憲法について

英語クラブの今月のプログラムは、「日本国憲法について」の講演。英語ではなく、日本語で。
5月3日の「憲法記念日」も近いことから、憲法について考えてみよう、と。
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講師の方は、憲法について色々な活動をしていらっしゃる方で、1時間程、「憲法」は何の為にあるのか、憲法9条について等々お話し下さった。多くの方は普段あまり憲法について考えることはないのでは? 私には憲法などほとんど別世界のこと・・・・・でも、今日はお話を聴きながら色々考えさせられた。最近政府が閣議決定した「テロ等準備罪」。その本質は「共謀罪」とか。これは廃案にすべき、と。身近なことにも憲法が関係しているのですね。

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by rapole | 2017-04-21 21:25 | English | Comments(0)

英語ニュースを聴く会

今日もたくさん出席。皆で、いつも月曜日の「AP Radio News 」の録音されたものを聴く。先生がそれを原稿に起こして下さって、その用紙を見ながら、違っているところを指摘したりして、その内容について話し合う。話が全然違うところに飛び火して、世間話に花が咲いたり・・・・・・。毎回、みんな、とても熱心に取り組んでいる。
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by rapole | 2017-04-13 22:13 | English | Comments(0)

英語ニュースを聴く会

しばらく休んでいた、ラジオの「英語ニュースを聴く会」へ。なかなか聴き取れなくて苦労しているが、また挑戦しようと・・・・・皆さん、ずっと続けていらっしゃるのでついていくのが大変。
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by rapole | 2017-04-06 21:34 | English | Comments(0)

スピーチコンテスト

英語のクラブで、年に一度「スピーチコンテスト」が開催される。
私も入会して数年経つので、「出場するように。」とご指名。何を話せばいいのか迷っていたが、愛犬ーリリーについて話すことにした。難しい内容ではないので、気軽に取り掛かれるかなぁ、と。何とか6~7分位にまとめて、暗記した。家で練習している時、何度も途中で次に言うことを忘れてしまって、無言に。
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当日、とにかく途中で詰まって無言になってしまうことだけは避けたいと思っていたが・・・・・・なんとか、最後まで黙らず話せたので、ほっとした。皆から、「良かったよ。」と言われ、一安心。他のクラブからも数人いらしていたので、プレッシャーがすごかった。

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by rapole | 2017-02-17 21:13 | English | Comments(0)

お雇い外国人

今月の英語サークルも、奥の深い内容で楽しいものだった。毎回テーマを決めて、数人がその役を果たすのだが、今日は、「明治時代の、お雇い外国人」について。

その前に、<その場で、即興で意見をまとめて話す>というコーナーがあり、担当者が問題を出し、4~5人が答える。 今日は、 "praise” (ほめる) 
    1.日本人について
    2.日本という国について
    3.我が市について
    4.我がクラブについて
    5.我がクラブの誰か1人について

まったく考えていなかった内容のことを、3分程にまとめて話すのは、結構大変。
日本人は勤勉で、気配りが出来て・・・・等など色々な意見が出た。

そして、「明治時代の、お雇い外国人」について。
お雇い外国人は、幕末から明治にかけて、「殖産興業」などを目的として、欧米の先進技術や学問、制度を輸入するために雇用された外国人で、欧米人を指すことが多い。江戸幕府や諸藩、明治政府や府県によって官庁や学校に招聘された。

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その国籍は、イギリス人(建築家ジョサイア・コンドル等)、アメリカ人(ウィリアム・スミス・クラーク等・・・北大のクラーク博士)、フランス人(軍の雇用が多数)、中国人、ドイツ人、オランダ人、その他である。彼らは高額な報酬で雇用された。「お雇い外国人時代」の盛期は、1870年(明治3)より1887年(明治20)前後までである。

多くは任期を終えるとともに帰国したが、ラフカディオ・ハーンやジョサイア・コンドル、エドウィン・ダンのように日本文化に惹かれて滞在し続け、日本で妻帯あるいは生涯を終えた人物もいた。

”Foreigners who Contributed to the Modernization of Japan in Meiji Era"

1. Frederick Eastlake (American)      教育者(言語学博士・・・23カ国語に精通)
2. Erwin von Bälz( Germans)         医師
3. Rouwenhorst Mulder(Dutchman)     利根川に運河を建設
4. Josiah Conder (Englishman)           建築家
   
各自が予め調べてきた人について発表した。
私も指名されていて、「ジョサイア・コンドル」について話した。
明治10年(1877年)来日のイギリス人・コンドルは、工部大学校造家学科(現・東京大学工学部建築学科)の講師として、次代を担う日本の建築家を育成した。一方彼は、政府の要請で、鹿鳴館、帝室博物館を設計し、ニコライ堂、岩崎邸から海軍省までも手掛け、日本における正統的洋風建築の数々を建築した。 旧岩崎邸 ・旧古河邸・ 清泉女子大学本館(旧島津公爵家袖ヶ崎本邸)・ 三菱1号館 などを建築。
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                 ジョサイア・コンドル
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                清泉女子大学本館(旧島津公爵家袖ヶ崎本邸)
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                      三菱1号館
  
教え子には、片山東熊・・・・・・旧東宮御所(現・迎賓館・・・2009年に明治以降の建築
                   としては、初めて国宝に指定された)等を建築。  
        辰野 金吾・・・・・・東京駅等を建築。   
等など、その後の日本建築界に貢献した建築家を多数育てた。

コンドルは、日本人の女性と結婚。愛妻くめは若き日の日本舞踊の師匠。河鍋暁斎に師事し、日本画を学び、日本舞踊、華道、落語といった日本文化にも大いに親しみ、趣味に生きた人でもあった。滞在し続け、日本で生涯を終えた。
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by rapole | 2015-01-16 20:43 | English | Comments(0)

”It's Show Time"

今月の英語クラブの催しは、 ”It's Show Time"  
それぞれ好きなテーマで、5分程お喋りをするもの。
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落語を演じた人は、ピョンピョン亭XXXと名乗り、小噺を。壺を買いに来た男が、最初、大きな壺と小さな壺のうち、小さな壺を買って帰る。再度その店に来て、言葉巧みにその小さな壺から大きな壺に変えてもらい、一銭も払わず、もらって帰る、というもの。  私は、「今、ハマっているもの」のことを話した。それは・・・・・・毎朝、朝食の時、トーストしたパンに塗って食べているピーナッツバターについて。

つぎの方は、中国茶を淹れて下さり、そのお話を。
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また、最近隣の市に転居した人は、前の市と今の市の違いを例をあげながら説明。

その次の人達は、5名で寸劇を。ある人が、「人生は、常に前を向いて!」と固く心に誓って、成功をする。そして、旅先で、大金を入れたボストンバッグを、トイレの後ろ側に置き忘れるが、「常に前を向いて!」の精神から、後ろを見ずに出てきてしまう。

また、もう一人は、田舎から出てきて街で成功しようと頑張った。「人生は、小さなことの積み重ね。小さな利益を大切に!」と心に誓った。そして、ある程度裕福になった後、ある所で大きな利益が出る取引を提示された。でも、人生訓に反するからとそれを断り、悠然と去って行った。

自分の決めたルールを忠実に守り、どんな場合もそれを覆すことはない・・・・・思わず笑ってしまう風刺劇だが、我々の日常でも、こんな悲喜劇は起きているのではないかしら? と考えさせられる面白いお芝居だった。

次の人は、合唱サークルにも所属していて、得意の喉をご披露。
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スーザン・ボイルの歌を、ボイルのような美声を部屋いっぱいに響かせて歌い、会場を沸かせた。

最後にサイモンとガーファンクルのあの有名な< Bridge over troubled water >を全員で歌い、今年を締めくくりました。

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by rapole | 2014-12-19 17:43 | English | Comments(0)

「南アフリカ」について

今月の英語クラブは、「南アフリカ」についての講演会を開催。
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以前、南アフリカの政府機関で10年程仕事をしていらっしゃった方が講師で、南アフリカの現状などをお話して下さった。私達は10月に、アパルトヘイトや、ネルソン氏のことを取りあげて事前に勉強していたので、比較的良く理解出来た。
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部外の方々にも声をかけたので、大勢の人が参加。終了後にちょっとした立食パーティをし、皆さん色々講師に質問したり、それぞれで話が盛り上がり、大盛況のうちに幕を閉じました。
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by rapole | 2014-11-21 21:23 | English | Comments(0)

「常磐津」

東京で開催された、英語クラブの日本の関東地区を統合する会合に、仲間と参加した。

通常のセッションが終了した後、ワークショップとして「常磐津」を、常磐津師として活躍中の方が披露。
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「常磐津」とは、歌舞伎や日舞の音楽で、三味線を弾きながら、セリフを言ったり、唄をl歌ったりするもの。

歌舞伎を見に行っている時、確かに舞台横で三味線を弾きながら唄をうたっている人達がいたが、気にも留めなった。「あ、あれだったのね。」と、「常磐津」を聴きながら納得。

今日は、「三世相錦繍文章」という唄の一部を、会場の人達全員で一緒に練習し、その後、「我こそ!」と思う人達が舞台上に出て唄った。結構節回しが難しく、抑揚がうまく出来ないのだが、さすが自分で舞台に上がった人達は上手だった。
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常磐津師の方が、芸大出身ということで、そのつながりから同大出身のチェロ奏者の方がチェロで伴奏を。普通は三味線なのだがチェロの伴奏で、「山姥」という唄を常磐津師の方が披露。見事な『和と洋』の合体に、会場中が聴き惚れていた。普段なじみのない「常磐津」を聴き、唄うという貴重な体験。「今度歌舞伎を見に行ったら、きっとじっくり聴いて味わうでしょうね。」と言いあいながら、皆で帰路につきました。
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by rapole | 2014-10-28 21:57 | English | Comments(0)

ネルソン・マンデラ氏

今月の英語クラブは、ネルソン・マンデラ氏について。
来月、南アフリカに在住していらした日本人の講演会があるので、より理解を深める為のもの。

ネルソン・マンデラ氏 (南アフリカ)
若くして反アパルトヘイト運動に身を投じ、1964年に国家反逆罪で終身刑の判決を受ける。27年間に及ぶ獄中生活の後、1990年に釈放される。翌1991年にアフリカ民族会議(ANC)の議長に就任。デクラークと共にアパルトヘイト撤廃に尽力し、1993年にノーベル平和賞を受賞。1994年、南アフリカ初の全人種参加選挙を経て同国大統領に就任。民族和解・協調政策を進め、経済政策として復興開発計画(RDP)を実施した。1999年に行われた総選挙を機に政治家を引退した。2013年12月5日 95歳で死去。
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結婚は3度している。
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1944年にエブリンと最初の結婚。1957年離婚。
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1958年、ウィニーと2度目の結婚。マンデラの収監中にウィニー夫人は獄外で政治活動を行った。しかし1992年4月13日、離婚の意思を表明し、4年後の1996年3月19日にウィニーとの離婚が成立。
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1998年7月18日にモザンビークの初代大統領で飛行機事故で亡くなったサモラ・マシェルの未亡人、グラサ・マシェル夫人と3度目の結婚。マンデラ氏は80才。

4人のスピーカーが、コンビを組み、マンデラ氏のあれこれを発表した。(パワーポイントを使って、写真と文でも紹介)
一人目は、南アフリカ全般について説明。
二人目は、「アパルトヘイト」(人種差別)について説明。
三人目は、マンデラ氏について説明。
三人目は、三人の妻(特に二番目のウィニーについて)について説明。

私は、三人の妻(特に二番目のウィニーについて)の説明をするよう指名されて、必死で色々調べた。事前に、この企画の司会者と4人が集まって、各自が色々調べたことを話し合ったが、とても有意義で楽しかった。

遠い南アフリカの、マンデラ氏のことを皆で勉強し、発表し、たくさんのことを学び、得ることが出来た。マンデラ氏という偉大な人物のバックグラウンドを知り、その生涯を追ってみるという今回のプログラムは面白かった。

最初は出来るかしらと不安がいっぱいだったが、何とか無事プレゼンテーションを終わらせることが出来て、ほっとしている。
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by rapole | 2014-10-17 21:24 | English | Comments(0)